「あなたの心に…」

第2部

「アスカの恋 激闘編」

 

 

Act.26 雪のロンド

 

 

 

 ふぅ…。

 雪は止んでいるからいいものの、10cmは積もってるわね。

 しかも誰も歩いてないから、私が自分の足で雪を踏みつけていかないといけないのよ。

 これってキツイわ。

 だって堅い雪じゃないから、踏んだらずぼずぼって足が沈んじゃうんだもん。

 私の体重の所為じゃないわよ!

 時間は掛かるし、しんどいし、靴は中までびしょ濡れだし…、
 いつもなら15分の道が、もう30分以上歩いてるわ。

 それでもまだ半分くらい。

 今頃、シンジは熱いシャワーでも浴びてるんでしょうね。

 レイの高級車の乗り心地はどうだった?

 はぁ…私のような庶民は自分の足で歩くしかないのよ!

 せっかく乗せてあげるって言ってくれたのに…、
 だってラブラブの二人を見たくなかったんだもん!

 はぁ…。これって考えるのもう何回目だろ。

 50回くらい考えてない?

 他に考えることはないの?私は!

 ふぅえ〜ん、だって、だって、
 足が冷たすぎて、何か考えてないと頭がおかしくなりそうなんだもん。

 立ち止まったら、もう歩けなくなりそう。

 でも、もう疲れちゃった。

 濡れてもいいから、ここに座り込みたいよ〜。

 私は我が身を嘆いて、遥かに続く道のりを眺めたわ。

 

 あれ?

 向こうから歩いてくるのって…。

 あれって…あれって…あれって!

 シンジだぁ!

 ま、まさか、私を迎えに?

 違うわ!シンジ、私のこと怒ってるもん。

 きっと買出しか何かよ。

 でもこんな雪の日に?

 アンタねえ、何自分の都合のいいように考えてんのよ。

 シンジが私のために迎えに来るなんて…そんな…そんな…。

 あ、シンジが手に持ってるのって、私の長靴だよ。

 私の大好きな赤い長靴。

 やっぱり迎えにきてくれたんだよね、ね、シンジ。

 あ、ちょっと早足になった。

 あまり急ぐと転ぶよ。

 ほら、ちょっと危ないって!

 

「はい、これ」

 私はシンジから長靴を受け取った。

 長靴の中にはソックスも入ってる。

 嬉しい!

「あ、ありがと、ね。ホントに助かったわ」

 さすがにこの状態じゃ、照れ隠しの悪態も出ないわ。

 マナの言ってた『いいこと』ってこれだったのね。

 確かにこれは『いいこと』だわ。

 嬉しい!

 さて、さっさと履き替えて、シンジと一緒に帰りましょ。

 あ、身体が冷え切ってて、あれ?腰が硬くなって…。

 靴下なんか履きかえられないよ。

 こ、困っちゃったわね、これは。

 周りに手すりとかそんなのもないし…。

「もしかして…体が動かないとか?」

 私は頷いた。

 すると、シンジはすっと蹲ったわ。

「はい、僕の肩に手を置いて」

「え」

「さ、早く」

 こ、これって、シンジが履き替えさせてくれるってこと?

 は、恥ずかしい…。でも、早くしないと、シンジが凍えちゃうよ。

 思い切って…。

 ポン。

 私はシンジの肩に手をついたの。

 くぅ〜、肉体的接触は、ひ、久しぶりだわ。

 いつだっけ?そうよ。1週間前に消しゴムを借りたときに、一瞬手が触れたわ。

 でも、こんな長時間は…、初詣で腕にすがって歩いた時以来よ。

 あの時は幸福だったわ。

 そう、あの直後に我が生涯最大の失敗、レイにシンジを紹介しちゃったのよ。

「アスカ?」

 はぁ…、こうしてると寒さなんか忘れちゃった。

 胸と顔を中心にぽかぽか、ってより、カァッ!って感じね。

「アスカってば」

「へ?何?」

「片足づつ上げてよ」

「あ、ごめんね。はい」

 私は右足を上げたわ。

 シンジは躊躇いもせずに、
 素手で靴を脱がし、そしてぐっしょりと濡れている靴下も脱がせたの。

 は、恥ずかしいってレベルじゃないわ。

 今にも目が回って倒れそうよ!

 心臓はバクバク叫んでるし、顔はトマトと勝負しても勝てると思うわ。

 とても足元なんか見られたものじゃない!

 私はひたすらに空を見上げつづけた。

 多分、物凄い仏頂面になってたと思う。

「アスカ…、可哀相につま先が真っ赤になってる」

 ち、ちょっとシンジ。何、はぁはぁ息吹きかけてんのよ。

 そりゃあ、暖かいけど、くすぐったいよぉ!

 靴磨きじゃないんだから、そんなハンカチで丹念に拭かないでよぉ!

 あ、駄目、くらくらする。卒倒しちゃいそう。

 頭の中で、キュゥィ〜ンってわけのわかんない効果音がするわ。

 は、はは、こんなとこ、ヒカリや鈴原辺りに見られたら、最悪よね。

 アスカのことだから無理矢理させたんでしょう、とか、

 やっぱり女王様趣味があったんだ、とか、

 シンジを下僕扱いしている、とか、

 はぁ…、いくらでも出てくるわ、この類の台詞なら。

 でも、ホントに、優しいんだ。シンジって。

 私みたいな暴言天邪鬼暴れん坊隣人美少女を相手にして、
 こんなことしてくれるんだもの。

 はぁ…、シンジって変なところで丁寧なんだから。

「長靴貸して」

「あ、うん」

 今の声、裏返ってなかったかな?

 シンジは長靴の中に入ってた、乾いた靴下を履かせてくれた。

 ほっ!生き返るわ。

 そして右足を長靴の中に。

「はい、じゃ次」

「うん…」

 自分でも信じられないくらい、しおらしいわ。今の私って。

 シンジは左足の方も、それは丁寧に扱ってくれたの。

 私…、至福って言葉の意味がわかったような気がするわ…。

 

 その至福の時間はほんの数分だった。

 両足に赤い長靴を履いた私は、シンジの顔を直視できなかったわ。

 ソッポを向きながら、心の中では最大級の感謝を込めて、
 でも言葉にしたのはただ一言だけ。

「ありがと。助かったわ」

「うん、じゃ帰ろう」

「そうね…」

 私は歩こうとした。

 

 え、どうして?動きにくいよ。

 この寒い中をずっと歩いて、そして靴を履き替える間、立っていたから?

「どうしたの?」

「ご、ごめん。ちょっと、歩きにくくて」

「おんぶしてあげようか?」

「ふえっ!」

 完全に声が裏返っちゃった。

「い、いいわよ。そう、アンタは先に帰ってなさいよ。私はゆっくり帰るから」

「駄目だよ。早くお風呂に入らないと風邪引いちゃうよ。ほら」

 シンジは、すっとしゃがみこんで、私に背中を向けた。

 決して大きい背中じゃない。

 どっちかといえば、頼りない、華奢な背中。

 でも、私にはとても愛しい背中。

 いいのかな?

 この背中にすがって…、ホントにいいのかな?

「早く」

「うん…」

 駄目、恥ずかしくて!

 ええ〜い!こうなったら、悪態連発攻撃恥隠しバージョンよ!

「しっかたないわねえ。
 アンタがどうしても、この美少女をおんぶしたいって言うんなら、
 乗っかってあげてもいいわ!」

 ごめんね、ごめんね、ごめんね!

「よいしょっと。はい、乗ってあげたわよ。一生恩に着なさいよ」

 わ〜い!シンジの背中、シンジの背中!

「アンタ、こけたり。落としたりしたら、殺すわよ」

 嬉しいなったら、嬉しいな。私、幸せ…。

「うん。なるべくそうするよ。だから暴れないでね」

「暴れるぅ?誰が、いつ、暴れたのよ。はい、さっさと進む」

 うん!ちゃんとしがみついておくから、ずっと、ずぅ〜と!

「じゃ、いくよ。よいしょ!」

「よいしょって、何よ。はは〜ん、そうなの」

 シンジはゆっくりと歩いていく。

 私がいくら悪態を吐いても、急いだりはしない。

 私を落とさないようにしてるんだ。雪が積もってるんだもん。

「何が、はは〜んなの?」

「アンタ、アレでしょ。レイと比べたんでしょ」

「え〜!どうしてアスカが知ってるのさ!」

 げ!しまった。

 初詣の帰りに鼻緒の切れたレイをおぶさっていくのを見ていました。

 それでその時に、アンタへの恋心を知りました…。

 なんて、言えるわけないじゃない!

「れ、レイよ。レイが教えてくれたのよ」

「あ、そうか。びっくりしたよ。あんなとこ、アスカに見られたら…」

「私が見たら、どうだってんのよ?」

「え?そ、それは…恥ずかしいから」

「じゃ、今は?」

「今は…」

「え?何?聞こえないわよ!はっきり言いなさいよ!」

「いやだ。もう言わないよ!」

 それから、シンジは黙りこんでしまったわ。

 私は確かめたかったの。

 シンジが『嬉しい』って呟いたように聞こえたの。

 聞き違い?

 そう言ってほしいと私が考えていたから、聞き違えちゃったの?

 ね、教えて?シンジ。

 

 

 

Act.26 雪のロンド  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
第26話です。『アスカ遭難!』編の中編になります。
う〜ん、中編ですでに救助されてしまいました。タイトルに偽りあり。
書いていて、アスカ様が勝手に女王様化してしまいそうで、彼女の暴走を抑えるのに苦労しました。